債券
6 分間で理解する 23年9月29日
今回の利上げサイクルにおいてFRBは、米国で過去に例を見ない速度で11回にわたり政策金利を史上最大幅である5.0% (0.5%から5.5%) 引き上げました。しかし、引上げ幅が大きいにもかかわらず、利上げの効果が実体経済に影響を及ぼすまでには、多くの人が予想していたよりもはるかに長い時間を要しています。
金融政策は遅効的であり、効果が完全に発揮されるまでに18か月ほど必要であることは広く理解されています。この1年半の米国での利上げペースが速かったにもかかわらず、未だに米国経済が強靱さを保っていることは間違いなく多くの人々を驚かせています。利上げに対してなぜ経済が想定どおりに反応しなかった理由についてのM&Gの推察は以下のとおりです。
2008年の世界金融危機以来、民間部門と家計はレバレッジを大幅に削減しました。その結果、金利上昇の悪影響をまともに受ける企業債務が大幅に減少しました。加えて、多くの企業は低金利の間に債務を固定金利で長期化させたことも、金利上昇の影響が緩和されている一因だと考えられます。
この1年半で名目金利は急上昇しましたが、実質金利 (インフレ調整後) の変動は小幅でした。この1年の間にインフレ率が低下した一方で、金利が上昇したため、少なくとも米国においては、世界金融危機以降のほとんどの期間でマイナスだった実質金利がプラスに転じました。
つまり、借手は金利上昇の打撃を受けているものの、インフレによる債務の実質価値の目減りによってコスト上昇分が、部分的にせよ、相殺されていることを意味します。その結果、単に名目金利の上昇に基づいて推測した場合と異なり、経済への実質的な影響は小さいと考えます。
パンデミックおよびその後のロックダウンの間に蓄積された膨大な貯蓄は、(かなりの部分が消費に回ったとはいえ) まだ完全にゼロになったわけではありません。このことは、金利と物価の両方が上昇しているにもかかわらず、消費者のバランスシートがさほど悪化していない一因であることは間違いないでしょう。
さらに、世界金融危機直前と比較すると、家計の負債はかなり小さくなっています。そのため、家計のレバレッジが高かった2008年と比較すると、今回の利上げサイクルでは、消費者が金利上昇の影響を受けにくい状況にあったことが分かります。
しかしながら、余剰貯蓄がほぼ底を突いているとの調査もあり、家計が引締めに転じれば、追い風が一転して逆風になる可能性もあります。
また、米国消費者の状況を今後悪化させ得る要因が足許で見られるようになりました。学生ローンに対して3年間の返済猶予措置が採られていましたが、猶予期限が終了し、この10月から返済が再開されることで家計の裁量的支出が減少する可能性があることはその一例です。
また、クレジットカード債務の返済額も増加しており、消費者の一部が支出抑制に走り始めていることを示唆しています。
米国では、30年固定金利の住宅ローンの平均金利が7%に上昇しています1。ただ、多くの住宅所有者は、この数年の低金利の時機に乗じて住宅ローンの金利を30年間の固定で調達しました。つまり、米国では、多くの世帯が現在の高金利環境の影響をそれほど受けていないと言えるでしょう。
一方英国では、住宅ローンを利用していない世帯の割合が28%と非常に高く2、また、住宅ローンの63%の借入比率 (LTV) が75%未満と健全な水準にあります3。さらに、変動金利の住宅ローン (イングランド銀行の政策金利に連動) を利用している世帯の割合は5%に過ぎず、また、2023年後半にリファイナンスを行った・行う必要のある世帯の割合も5%程度です4。
したがって、借入れコストの上昇により英国の家計は痛みを感じるでしょうが、恐らくは、比較的少数の家計だけの問題になると考えられます。
労働市場の力強さは驚くほど衰えを見せておらず、特に特定のセクターでは非常に逼迫しています。労働市場の一部は金利上昇の打撃を受けましたが、圧力を受けると予想されていた他の分野はよく持ちこたえています。例えば、新築住宅の需要が減退しているにもかかわらず、この分野では大幅な雇用減少は見られません。これは、住宅供給が大きく不足していることが原因だと考えられます。
利上げを実行したほとんどの新興国では、迅速な対応が意図したとおりの成果を発揮し、インフレを抑制することに成功しました。ラテンアメリカ諸国の各中央銀行は、すでに利下げを開始する段階にあります。ドミニカ共和国とウルグアイでは、今年に入り、すでにそれぞれ100bpsと75bpsの利下げが実施され、ブラジルとチリも8月に利下げに踏み切り、ペルー、メキシコ、コロンビアも今年後半には追随する見込みです。ラテンアメリカ各国において企業のデフォルト率の上昇が予想され、多額の負債を抱える企業が圧力にさらされる可能性があるため、このタイミングでの利下げは時宜を得たものと見ています
米国経済の底堅さは、金利が長期間にわたって高止まりする可能性を示しているのかもしれません。賃金の上昇が続いていることで、コモディティや製品の価格が下落しているにもかかわらず、総合インフレ率は一定以下にはなかなか低下しません。賃金に関しては、特に低所得者の給与が大幅に上昇していることが、消費と経済全体を下支えしています。
実質金利の上昇はインフレの抑制にとってプラス要因です。実際に、インフレに落ち着きが見られ始めています。しかしながら、実質金利が3%近くに上昇することは、経済活動を大きく減退させる圧力となり、経済に悪影響を及ぼし始める可能性があることを忘れてはなりません。
M&Gの主な懸念のひとつは、各国の中央銀行が利上げを一時停止するタイミングを決定するにあたり間違った指標に注目している可能性があることです。一般的に18か月先の経済成長を予測するための信頼できる先行指標である、マネーサプライの急速な減少幅ではなく、各中央銀行が現在の成長水準を重視しているように映ります。
成長率が予想を上回る状態が続いているため、各中央銀行が利上げを継続し、その結果、成長が不可能になるような過剰な引締め状態となり、時間の経過とともに、景気が想定以上に悪化するリスクがあると考えます。
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