プライベートデット
15 分間で理解する 23年2月6日
伝統的な「株式60:債券40」のポートフォリオ戦略にとって2022年は厳しい年となりました。ロシア・ウクライナ紛争、2桁のインフレ率、英国における債務連動型運用 (LDI) 危機を始め、年間を通して発生した数多の不安定要因が影響し、「株式60:債券40」のポートフォリオは17%下落しました1。株式と伝統的な債券クラスとの相関関係が強まったことも下落を加速させた一因でした。
しかしながら、債券のなかには、株式のような高いボラティリティとは無縁であったプライベート クレジットなどの例外的な資産クラスもありました。欧州バンクローンは、市場環境悪化の影響から完全に逃れることはできませんでしたが、年間リターンは、欧州ハイイールド債 (HY) の-11.7%、欧州国債の-18.2%に対して-3.3%と、相対的に高い耐性と共にボラティリティが低いことが実証されました (下図表参照)。担保付きシニアであること、ディフェンシブなセクターの企業が多いこと、年限が短いこと、変動金利といった特性は、長いデュレーションの債券が大きく価格を下げたなかで効果を発揮しました。投資家の中心が機関投資家であるため、リテール投資家のように、不合理なセンチメントに基づいた売買が少なかったこともボラティリティを抑えた要因でした。
欧州バンクローンは、プライベート投資の強み、すなわち貸し手と借り手との距離が近く、協力関係が築けることや有利な条件に交渉を導きやすいなどの利点がありながら、ある程度の流動性を提供するといった、他の資産クラスにはない「中間的なゾーン」に位置しています。流通市場における価格は透明性が高く、日次取引可能であるため、9月の英国のLDI危機時においても流動性がひっ迫することはありませんでした。LDI危機時においても、流通市場では買い手と売り手の双方が存在し、その流動性の高さを示しました。
市場環境の悪化を考慮に入れると、3年ディスカウント マージン (DM) が650~700bpsに拡大したことは驚くに値しないと考えます。この水準は、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックの際の水準に近いものでしたが、2009年の2,000bpsにはほど遠い水準でした (下図表参照)。この水準は長期的な平均である約500bpsよりも大きく、オールイン利回りが約10%になるレベルです。デフォルト率が7.5%、回収率が50%という弱気シナリオにおいても、オールイン利回りは6%を超え、依然として良好な水準にあります。これは、デフォルトによる損失を考慮しても、今日の良好なスプレッド水準は魅力的なリスク調整後リターンを提供していることを意味しており、担保付きシニアのディフェンシブ資産を購入する水準として検討に値する価格水準にあると考えます。
この魅力的な投資機会に大きく寄与しているのは、長期的な利回り水準からかい離しているBB格・B格のローンです。CCC格以下のローンにはかい離が見られません。スプレッドに関しては、CCC格以下のローンで拡大しているのは事実ですが、通常のリスク・プレミアム曲線に乗っているものであり、デフォルトや元本毀損のリスクが高いと考えています。社債のなかにも価値のあるカテゴリーがないとは言えませんが、ローンにおけるかい離幅はハイイールド債よりも大きいと考えています。
2022年の年末時点のデフォルト率は0.4%と、比較的穏やかな水準であり、欧州バンクローンがディストレストに陥る比率は、長期デフォルト率である3%を大幅に上回ることはないと予想されます。基本コンセンサスは、2023年はデフォルト率が約4%で収束し、ほとんどのデフォルトは倒産ではなく債務の条件変更 (distressed exchange) や利息の不払いによるものであり、第一順位担保行使による回収率は長期平均並みの70%程度になるというものです。一方、スプレッドが拡大したことでインプライド デフォルト率 (スプレッドから推定したデフォルト率) が10%台半ばと、予測値である3~4%よりもかなり高い水準で取引されています。つまり、現在のスプレッドが根本的なリスクを正当に反映していない水準にあることを意味します。
ただ、10%の利回りという割安な水準でたとえ購入できるとしても、現在のような不確実性の高い環境において長期的に持続可能な価値を創造するためには、慎重にクレジットを選択する必要があり、その重要性は今までとまったく変わらないと考えています。
2022年における投資に関する情報の見出しはすべて否定的なものであり、特に市場とパフォーマンスの下落に関しては悲観的観測一色でした。マクロ経済環境がバラ色でないことは紛れもない事実ですが、不測の事態がこれ以上生じないという前提とすれば、世界的な景気後退がこのまま長期にわたって続くとは予想されていません。一方、国際通貨基金 (IMF) は、世界の成長率が2021年の6.0%から2023年は2.9%に減速すると予測していますが、重要なのは予想成長率が依然としてプラスであることです。欧州の2023年の成長率は0%、2024年には約2%のプラス成長に回復し、トンネルの出口の明かりが見えてきたことを示しています。
歴史は繰り返さないが、韻を踏む。現在の経済状況には、1990年代から2000年代半ば (世界金融危機) までの強気相場の時期とそれほど変わらない要素が存在します。ITブーム (1990年代) と低金利環境 (2000年代) が持続不可能な成長を引き起こしました。ITのユニコーン企業は2010年代のツァイトガイスト (時代を特色づける思想や気分;zeitgeist) の支配的役割を果たし、プライベート エクイティ (PE) の主要な投資先になりました。
また、主要国・地域の中央銀行がゼロ金利 (一部はマイナス金利) 政策を打ち出すなど過去に例を見ない金融緩和の時代を世界は経験しました。「低金利のパーティー」には必ず終わりが訪れます。現在は、世界各国の政府・中央銀行が緩和から引き締めに政策を転換しているため、量的緩和 (QE) 時に利回りがほとんどゼロになった資産クラスに利回りが「戻って」きています。債券・ローン投資の最大の目的が、元本価格の上昇ではなく、比較的低いボラティリティでありながら安定的なインカム収入を獲得する、という教科書の内容に戻ったと考えます。
投資環境は変化していますが、ローンが有するファンダメンタルズは以前にも増して健全であると考えます。シニアローンの平均レバレッジ比率は約5倍ですが、PEスポンサーによる株式投資比率の平均は世界金融危機以前の30%から40%に上昇しています。また、世界金融危機以降、PEスポンサーの行動に変化が生じており、流動性が枯渇した際やコロナウイルス感染症2019のときなど、必要があればキャッシュを注入する覚悟ができており、実際にそのように行動しています。このことが2023年に繰り返される可能性があります。
インタレスト カバレッジ レシオ (ICR) も4.2倍と依然として高く、市場金利の上昇を十分に吸収する余地があり、変動金利商品の特性が機能すると考えられます (下図表参照)。現在、3か月物Euriborは2008年とそれほど違いがない水準に上昇していますが、ICRは依然として高い水準にあり、借り手はより厚いスプレッド (2008年時の平均255bpsに対して+121 bpsの374 bps) を負担する余力があるなど、質の高い、より透明性の高いポートフォリオを構築することができるとM&Gは考えています。借り手企業の多くは、投入コストの上昇を商品価格に転嫁することができることで、確実なキャッシュフローを獲得できるため、貸し手から見れば質の高いローンになることが期待できます。
スプレッド水準が拡大すると、当然のことながら借り手は景気減速がどの程度深刻であり、どの程度持続するかを見極めるため、ローンの組成額は減少します。2022年も例外ではなく、組成額は581億ユーロと、通常年の800億~1,000億ユーロの半分程度にとどまりましたが、発行額が通常年から70%程度減少したハイイールド債市場 (223億ユーロ) と比べると市場は機能していました。ローン担保証券 (CLO) の発行額も減少しましたが、減少幅は1/3にとどまりました。減少幅が小さかったことは、(一部にせよ) ローン市場の回復の材料となる、需要に対する供給不足の解消につながりました (下図表参照)。
当然のことながら、回復が必ずしも順調だったわけではありません。ロシアのウクライナ侵攻直後や、例年市場が閑散になる夏季など、新規案件が途絶えた時期もありました。2022年の年初における案件パイプラインは39億ユーロでしたが、6月には年のピークである194 億ユーロに達しました。その後は、ウクライナでの戦争勃発以前から計画されていた大型の案件が数件組成されたことにより、年末には20億ユーロを若干下回る水準にまで縮小しました。案件のアレンジャーは、年末までにパイプラインの案件数を減らすことを重視していたため、第4四半期には、採算を多少度外視して大幅な発行割引 (案件によっては80台前半) に走りました。重要なことは、これらの案件がすべて実現したことです。
ただ、バンクローン市場が年間を通じて機能したのは、過去の苦い経験を礎に発展し、過去の不況時よりも構造的に健全になったからだと考えます。世界金融危機直後とは異なり、銀行のバランスシートは健全です。買収資金の調達コストの上昇と経済の不確実性を受けて、M&Aの市場規模が約30%縮小するなか (コロナウイルス感染症2019以前と同水準)、銀行が流動性を供給する役割を果たしています。その結果、銀行が供与するプロラタ型ローンのシェアはこの5年間の最高水準になりました2。供給を増加させた構造的要素はほかにもありました。小規模なローン投資家の与信枠に余裕ない場合などにおいては、ダイレクトローンの貸し手と長年シンジケートローンに参加している貸し手が協力することで案件をまとめることができるクラブ ディール方式の案件が再び増加しました。
2023年の組成額見通しに関しては、悲観的な340億ユーロから2022年並みの600億ユーロまでさまざまな見方があります。組成額については、記録的な金額となった2021年のようにローンのスプレッド水準が縮小することになれば、借入コストの引き下げを図る借り手による既存ローンのリファイナンス・延長の案件が増加すると考えられます。CLOも同様で、2022年に発行された銘柄の60% (銘柄数) が2023年から期限前返済オプションの行使期間に入るなか、それら銘柄の発行時のスプレッドが200bps (AAA格の場合) と長期平均の約100bpsに対して割高であることから、CLOのアレンジャーが、よりタイトなスプレッドでリファイナンス・延長することを目指すと考えられ、発行額が増加すると予想されます。
2022年の年初時点では、欧州バンクローンの約13%が2024年までに満期を迎えることになっていました。年末にはこの数値が8%程度に低下し、その後も低下傾向が続いています (下図表参照)。年を通じて、借り手企業は期近の返済分 (2023年~2025年) を「条件変更と延長」や新しいトランシェを組成する積極的な取り組みを行っており、その結果、ローンの返済のピークが2026年~2028年になっている可能性が高く、現在は期近の返済分をリファイナンスする必要性はないと考えられます。
政策金利がタカ派的なペースで引き上げられていることは、当然のことながら、借り手にとっての返済負担、ICRの水準、ひいては信用力そのもの、すなわちデフォルトに対する懸念を高めています。しかしながら、ファンダメンタルズをよくよく見ると、平均ICRは4.2倍と、2008年時点の2.6倍を大きく上回っているなど、まだ健全な状況です。これは、前掲の図表「インタレスト カバレッジ レシオとローンのスプレッド」のとおり、借り手が圧力を感じるには遠い水準にあります。さらに、多くの借り手はローン金利の少なくとも一部をヘッジしていることから、圧力はそれほど強くないと考えられます。
恐らく、ローンの現在の平均価格が90代前半であることから、プル・トゥ・パー (満期が近づくにつれて価格がパーに近づく)」効果に加えて、オールイン利回りが高いこと (スプレッドとベース金利共) 及びリファイナンス案件の発行割引が大きいことで、デフォルトによる潜在的な損失額を補うことができるとM&Gは考えています。
ほとんどの投資家は、ポートフォリオにESG要因を単に組み入れるだけではなく、二酸化炭素排出量の削減と持続可能性を重要視する姿勢を以前にも増して強めています。ESGリンク案件に対するモメンタムは2022年も強い状況が続きました。LCD Morningstarによると、投資適格級未満の企業に対するESG関連ローンの組成額は合計で260億ユーロに上り、そのうちの半分以上は持続可能性リンクの案件でした。これらの案件の大部分は米国であり、米国における全体の組成額も減少しませんでした。ただし、銀行によるプロラタ型案件が過去最高になるほど活況を呈していたためであり、機関投資家向けローンは欧州と同様に不冴えでした。
公開されている情報が限定的ですが、マージン・ラチェット (借り手が目標を達成すれば、マージンが小さくなり、反対の場合はマージンが大きくなる) は以前と同水準の7.5bps~10bpsのようでした。現在の流通市場におけるスプレッド及び新規案件のスプレッドが厚めであることから、マージン・ラチェットがリターンに大きな影響を与えるほどの水準にはないため、投資家が二酸化炭素のさらなる削減や持続可能性を主要業績評価指標 (KPI) を盛り込むことを求める可能性が高いと考えられます。
ESG指向がある、あるいはESGラベル付きの投資戦略のなかで、標準的な定義がやや曖昧な案件が増加していることを受けて、規制当局による監督が強化されています。透明性の高い報告を推進する持続可能な財務開示規則 (SFDR) を制定したEUがまず規制に乗り出し、他の規制当局がEUに続いて規制を強化しています。2023年は、規制内容が刻々と変わり、厳しさが増していることに対応するために、運用会社は販売活動を抑え気味にする必要が生じると考えられ、ESGのラベル付きや前面に押し出している投資戦略の販売が前年よりさらに減速する可能性があります。
気候変動要因を採り入れた指数に対する需要の高まりに応えて、インターコンチネンタル取引所 (ICE) は、欧米から新興国・アジア太平洋地域の企業を網羅する23の社債指数に6種類の気候変動要因を組み込んだサブ指数を作成しました。サブ指数の作成を通じて、パリ協定、ネット ゼロ、及び気候関連移行の枠組みに沿って、2050年までに二酸化炭素排出量のネット ゼロを達成することを目指しています。気候変動・二酸化炭素排出量に関しては、第三者機関はローンの借り手の約10%しか把握していませんが、投資ユニバース全体における債券発行体とローンの借り手の重複率が20% (社数ベース) であることから、これらのデータを活用することで大きな前進が見られると考えています。
2023年は、21世紀に入り、G7のいずれの国においても総選挙・大統領選挙が実施されない最初の年です。G7における突然の解散総選挙や中国・米国の半導体戦争がエスカレートする可能性があるものの、地政学面でより安定した年になると考えられます。その結果、各国のリーダーは再選のための公約ではなく、直面している課題に対処することに多くの時間を費やすことができるでしょう。このことは経済が安定することにつながり、企業にとっては朗報でしょうが、それでも広範なマクロ経済見通しの不確実性が払拭されることはないとM&Gは考えています。
景気サイクル的には、債券が株式 (さらに下落の余地があると考えられます) に優るとの見方が一般的ですが、イールドカーブの形状が変化する可能性は残っており、デュレーションのリスクはなるべく回避する方が賢明だと考えています。変動金利である欧州バンクローンに投資することは魅力的なソリューションだとM&Gは考えています。
欧州バンクローン投資戦略の設定以来、2年連続でリターンがマイナスになった実績はなく、同じくリスク資産である欧州の投資適格債、ハイイールド債、株式と異なり、10年間にわたって相場は上昇を続けました。2022年が10年間で初めてマイナスのリターンとなった年でした。従兄弟的存在である米国ローンでさえ、10年間のなかで連続して上昇した最長期間は3年でした (ユーロ ヘッジベース)。
ミーン・リバージョン (資産の価格が最終的に長期平均に戻る) の考えに基づけば、欧州バンクローンのトータルリターンは上昇することになります。欧州バンクローンの見通しにはさまざまな意見がありますが、2023年は金利の上昇が見込まれていることを勘案すると、弱気の見通しでさえ、リターンの予想はほとんどがプラスになっています。JP モルガンのトータルリターンの予想は5%、バークレイズは5.5%とこの5年間で最高のリターンになることを予想しています。不確実性が多く残っていることは事実ですが、現在の価格と利率の水準を考慮すると、2023年は4~6%のリターンを達成することが可能であり、経済的及び地政学的環境が予想よりも速く改善されれば (ロシア・ウクライナ紛争の解決を含め)、さらに高いリターンを獲得できる可能性があると考えています。
欧州バンクローンの約70%はCLOに組み込まれているため、CLOの動向がリターンを大きく左右することになるでしょう。CLO市場は2022年に20%拡大しましたが、ローン市場はネットベースで横ばいだったため3、当面は強いCLOによる需要が強くなると考えられます。
現在のように、インフレと金利上昇が同時に発生している環境において欧州バンクローンは、大半が変動金利であることに加え、堅牢性を高めている魅力的なストラクチャーを備えているため、今後起こり得るさまざまな局面も乗り切ることができると考えられます。経済見通しの不確実性が高いこと、及びデフォルト率が上昇することが予想されるため、持続可能な価値を創造するかぎとなるのは、ディフェンシブなポートフォリオを構築し、慎重にクレジットを選択することだと考えています。
投資元本は変動し、投資から得られる利益は上昇することもあれば、下落することもあり、お客様の投資元本は保証されません。
本項に記載されている内容は現時点におけるM&Gの見解であり、投資に関する推奨、助言に該当するものではなく、また将来の状況やパフォーマンスを予測するものではありません。
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