債券
10 分間で理解する 25年10月21日
社債市場のタイトなスプレッドは、マクロ経済および地政学上の深刻なリスクを隠し、投資家の間には過度な安心感が広がっているようです。膨らむ政府債務、中央銀行の独立性への疑問、さらにはマクロおよびミクロ経済リスクの高まり…。これらの難局を乗り切るために、債券投資家が注目すべきポイントをハリエット・ハバーガムが解説します。
社債市場は、まるで現実から目を背けるダチョウのようです。スプレッドがタイトでバリュエーションが割高であるにもかかわらず、投資家はリスクをあまり意識せずに利回りを追い求めています。しかし、その裏には複雑な現実が潜んでいます。
クレジットスプレッドは歴史的に見ても非常にタイトな水準にあります。2025年8月末時点のICE BofA米国社債指数のオプション調整スプレッド(OAS)は0.78%と、1998年6月以来の最低水準となっています。
“社債のスプレッドはあまりにも薄く、世界中の様々なリスク要因を加味すれば、なおさら魅力は乏しい。”
10年にわたる超低金利と低迷する経済成長の下、投資家は恒常的に利回りを追い求めてきました。新型コロナ危機後にインフレが上昇し、中央銀行が利上げを急いだため、投資家は利回りを確保すべく債券買いに走りました。M&Gグローバル社債戦略のポートフォリオ・マネジャーであるベン・ロードは、米国や英国の投資適格社債の利回りは信用力の高い企業でも5~6%の水準にあり、「オールイン・イールドは魅力的」と述べています。
しかし、オールイン・イールドのうち約4~5%は国債利回りによるもので、クレジットスプレッドは100 bpsほどに過ぎない、とも指摘しています。
「社債のスプレッドはあまりにも薄く、世界中の様々なリスク要因を加味すれば、なおさら魅力は乏しい」とロードはいいます。
現状のスプレッド水準は、一見すると発行体の健全なファンダメンタルズ、良好なマクロ環境、さらに明るい見通しを示しているように見えます。しかし、その背後には数多くのリスクが潜んでおり、最大のリスクは、それらがまだ顕在化していない可能性が高いことでしょう。
ファンダメンタル債券戦略の共同責任者であるリチャード・ライアンは、「私たちは常に(まだ白黒がはっきりしていない)グレーゾーンの中にいる」といいます。「(市場が)どこに向かっているのか常に把握することは不可能だが、現在地はしっかりと理解している必要がある」といいます。
過去20年間で社債市場は6回の大幅な下落に見舞われましたが、そのうち企業の信用や消費者レバレッジの問題が原因だったのは世界金融危機の時だけだったと、ライアンは指摘しています。残りの5回は、世界的な成長懸念から新型コロナ危機に至るまで、外部要因によって引き起こされました。つまり、企業のファンダメンタルズが強固であっても、市場ショックを回避できるという保証はありません。また、現在のバリュエーション水準では、こうした外部ショックに耐えるバッファーがほとんど残されていません。
新興国債券戦略のポートフォリオ・マネジャーを務めるニック・スモールウッドは、「市場はこうしたリスクを軽視している」といいます。もし、市場に大きな影響を及ぼすイベントが発生した場合、「市場の暴落につながる可能性もある」と警鐘を鳴らします。
社債の利回りは、基準となる国債利回り(リスクフリー・レート)と企業の信用リスクを反映したクレジットスプレッド(リスクプレミアム)の2つの要素から成り立っています。
投資家を悩ませるのは、「リスクフリー・レートは本当にリスクフリーなのか?」 という疑問でしょう。多くの国が、持続可能な解決策がないまま巨額の債務を積み上げた結果、国債利回りは上昇の一途を辿ってきました。今後、社債のスプレッドがマイナスとなるような事態が訪れることはあるのでしょうか。ロードは、「今日の世界の財政状況を考えると、もはやリスクフリー・レートはかつてのリスクフリー・レートとは異なり、また本来の姿でもない。これは政府が過剰債務を抱える以上、当然の結果だ」と指摘します。
ロードは、「リスクフリー・レートという呼称は見直されるべきだろう。特に、世界の多くの国々が直面している財政問題や、“ベビーブーム世代”の退職による人口動態の大規模な変化などを勘案すれば、その必要性は明確だ」とも述べています。
OECD諸国の対GDP債務比率は、2000年の51.3%から2022年には111.6%に達しており1、先進国の債務増加はとどまるところを知りません。また、利払い負担も増加しており、2021年時点では2.4%でしたが、2024年には国民所得の3.3%にまで拡大しています。
その一方で、投資適格企業の財務状況が比較的健全であることを勘案すれば、社債のスプレッドがマイナスになる可能性はあるでしょうか。
歴史的に見ると、不況期や危機の際には社債のスプレッド拡大が国債の利回り低下によって相殺されることが多く、これが下振れリスクを抑制しています。しかし各国政府は、経済が比較的堅調な状況下においても大型の財政刺激策を実施し、巨額の債務を抱えることとなりました。ロードは「景気が良好な局面で財政リスクを懸念しているという事自体が問題」だと指摘します。不況シナリオの下では、税収が減少する一方で政府支出は増加するため、財源確保のためにさらなる借入が必要となります。ライアンは、財政運営を家計のやりくりに例え、「最近の債務負担の急増は、住宅ローン金利が2倍、3倍に跳ね上がり、可処分所得が圧迫されているにもかかわらず、節約せずにクレジットカードを使ってしまい、ますますローンが膨れ上がっている状態に似ている」と述べています。
もし政府が今後も債務を積み増した場合、景気後退のようなリスクオフの局面では、クレジットスプレッドが拡大する一方で国債利回りは高止まりし、先進国が財政危機に陥る可能性があります。そのような局面では、高格付け社債の利回りが国債と同等か、あるいはそれ以下の水準で取引される可能性もあり得ます。
ロードは「もしこういった状況に陥ると、適切な対価が期待できる場合にのみクレジットリスクを取る、というM&Gの長期的なバリュエーションの枠組みは限界に達することになる」と予想します。
もっとも、こうした状況が起きたとしても、長くは続かないでしょう。企業は法的な枠組みの中で活動しており、公共部門が資金難に陥る一方で民間部門が比較的健全な状態を保っているのであれば、政府は富裕層の所得税や法人税を引き上げ、財源確保を図ると思われるためです。
さらに政府は、紙幣発行や量的緩和といった手段も行使できるため、デフォルトに陥る可能性は極めて低いと考えます。その代償として、経済はインフレや通貨下落といった事態に陥ることとなり、企業にとっては新たな機会とリスクの双方が生まれるでしょう。
それでもなお、ロードが指摘するように、国債の利回りは本当にリスクフリー・レートなのか、それともリスクオフの局面で債券監視団(Bond Vigilantes)の標的となり利回りが高止まりしかねないのか、ということを問うことは重要です。
多くの国で経済成長とインフレは微妙な均衡を保っており、各国の今後の金利動向は債券投資家にとって重要なリスクとなっています。経済成長やインフレの先行きは、関税や高まる地政学リスク、さらに長期にわたる金利の高止まりなどからの影響が顕在化するにつれて、徐々に明らかになってくるでしょう。しかし、マクロ経済状況は依然として不透明、かつ地域ごとに大きな格差が見られます。
スモールウッドは「世界が抱えるリスクの多くは、米国に端を発している」と指摘します。
米国のインフレは依然として落ち着きを見せておらず、8月のインフレ率は2.9%とFRBの目標水準を上回りました。また、関税引き上げに伴う物価上昇も、まだ市場に浸透する過程との見方が大勢です。
一方で、雇用統計の悪化や関税が米国経済に悪影響を与える可能性を考慮し、米連邦準備理事会(FRB)は9月に利下げサイクルを再開しましたが、これは債券市場にとって追い風となっています。しかし、多くの投資家がさらなる利下げを予想する一方で、ライアンは継続緩和や低金利に対する市場の過度な期待は、実現しなかった場合リスクになり得ると警鐘を鳴らしています。
「多くの経済データは過去のものであり、貿易政策が今後どの程度影響を及ぼすかは未だ不明瞭だ。米国では、消費者が関税施行前に安価な商品を駆け込みで購入する動きが見られたものの、現在は消費需要が落ち込んでいる。変動の大きい状況は続くと見られ、数四半期後にほぼすべての影響が市場に行き渡り、一定の落ち着きを取り戻すまでは先行き不透明な状態が続くだろう」とライアンは述べています。
米国の金融政策に対しては、投資家だけでなく大統領自身も強い関心を寄せています。FRBは、2024年12月に政策金利を4.5%まで引き下げ、それに続くFOMCでは5会合連続で金利を据え置きました。この間トランプ大統領は、FRB議長のジェローム・パウエル氏への個人攻撃や理事の解任を求めるなど、様々な手段を用いてFRBに対して利下げをするよう圧力を掛けました。
“中央銀行に対する政治的介入は、米国の金融政策の信頼性をおびやかし、金融システムの安定化を支える重要な基盤を揺るがしかねない。”
スモールウッドは、「もし、FRBが利下げを正当化できる経済環境が整っていない中で利下げに踏み切れば、FRBの独立性への懸念が生じ、新興国市場だけでなく、あらゆる市場に混乱をもたらすことになる」と述べています。
中央銀行に対する政治的介入は、米国の金融政策の信頼性をおびやかし、金融システムの安定化を支える重要な基盤を揺るがしかねません。
社債の投資家が直面するもう一つのリスクは、発行体の健全性の見極めにあります。近年、負債管理策(LME)の実施が増加していることは注意が必要です。足元のデフォルト率は、高水準ながら安定していますが、これが全体像を示しているとは限りません。LMEは、基本的に既存債務の整理を通じた債務再構築の手法であり、債権者に損失を負わせる場合もあります。こうした企業の積極的な財務戦略により、デフォルト率が実態よりも低く見える可能性があります。ライアンは、「LMEを考慮すればデフォルト率はさらに高くなり、スプレッドにもそれが反映されるはずだが、実際にはスプレッドは低水準にとどまっている」といいます。
ライアンはまた、世界金融危機前は、景気サイクルは過去の遺物であり不況を恐れずにレバレッジを高めても問題ないという考えが広がっていた、と振り返ります。そして、「レバレッジが積み上がり続けた結果、最終的には破綻した」のです。
プライベート・クレジットの台頭も、状況をさらに複雑化しています。ロードは、「借り手が従来型のデフォルトを回避し、舞台裏でデフォルトする仕組みが生まれている」と述べています。
これまで社債に関するマクロ経済面のリスクを検討してきましたが、ミクロ(発行体)レベルのショックを検討することも同様に重要です。2025年初頭に中国がAI競争で予想外に先行したことは良い事例で、2025年1月に発表されたDeepSeekのAIチャットボットは、単独企業が特定のセクターだけでなく、市場全体に大きな影響を与え得ることを示しました。
ライアンは、かつては誰もが知っていた企業が姿を消してしまった例に、コダック、ポラロイド、ノキアを挙げ、「きら星のような企業が市場構図を一変させても、やがて新たな企業が覇権を握り、世界は再び大きく変わる可能性がある」と指摘します。
「私たちは、市場ショックを予見することが時に不可能であることを謙虚に受け止める必要がある」と続けます。
単一のディスラプター(市場を変革する企業)が市場全体をリスクにさらす可能性もありますが、他の企業が債券投資家に投資機会をもたらすことも十分にあり得ます。ライアンは、ゼロックスを好例として挙げます。ゼロックスは、ユーザー数の減少により衰退しているのは明らかですが、こうした悪材料を十分に織り込んだ高いリスクプレミアムが得られる場合、依然として魅力的な投資対象となり得ます。私たちは、リスクに見合う対価が得られる場合、そのリスクを取る価値があると考えます。
複雑で不安定な投資環境に加え、クレジットスプレッドが数十年振りにタイトな状況のなか、投資家はどのようにこの局面を乗り切れば良いのでしょうか。
ロードは、投資適格社債の利回りの大部分が国債に寄与する状況では、クレジットリスクを抑え、国債のデュレーションを長期化することでリスクを取る方が合理的だと考えています。
「スプレッドがここまでタイト化した局面では、私がすることは常に同じだ。つまり、リスク資産を一旦売却し調整局面を待つのだ。調整には時間が掛かることもあれば、短期で終わることもあるが、今回は時間を要している」といいます。
「市場では常に予期しない出来事が起こる。何が起こるかを予想することはできないが、バリュエーションを確認することはできる。私たちはスプレッドの水準を見て、大幅にタイト化していれば売却し、後は調整局面を待つだけだ」とロードは付け加えます。
ライアンもこれに同意し、世界各国でさまざまな動きがあり、市場参加者はリスクの見極めに苦戦を強いられているようだといいます。
このような局面では、バリュエーションが再び魅力的な水準に達した際に機敏に動けるよう、準備を整えておくことが重要です。市場の調整は、往々にして突発的かつ急速に進行するものです。
例えば、2025年4月の関税をめぐる混乱時には一部の銘柄のスプレッドがある程度拡大しました。しかし、市場はすぐに持ち直したため、投資機会は僅かな期間に限られました。さらに、市場全体ではなく、自動車や製薬、そして旅行関連の一部などの限られたセクターのみが魅力的な水準まで調整したため、投資機会は短期間で消滅しました。
「今、私たちにとって重要なのは、たとえ先行きが読めなくともいずれ潮目が変わり、新たな投資機会が訪れるという信念を持ち続けることだ。これまでも、これからもそれは変わらない」とライアンは述べています。
現在の市場には危ういまでの楽観ムードが漂っていますが、むしろそうした状況こそアクティブ投資家にとって、いずれひずみが生じた局面で好機を捉える余地を生み出すのです。
ライアンは、「市場が崩れ、他のプレーヤーが去っていく中で耐え続ければ、最後に割安となった資産を買い集められる。私たちはそれを目指している。無理にリスクの高い資産に手を出さなくとも質の高い資産を割安に買うことができるため、良好なリターンが期待できる」と説明しています。
足元ではセクター配分を微調整しながら、「着実なリターンを積上げつつ、リスク特性を大きく変更する好機を効果的に待つ」アプローチを選好しているとライアンはいいます。規律と機動力こそが、今問われていることなのです。
先進国と同様に、新興国市場でも社債のクレジットスプレッドはタイトですが、新興国の場合は健全なファンダメンタルズを反映しています。多くの企業は過剰な債務を抱えておらず、バランスシートは健全、かつ現地通貨の金利水準も低下傾向にあります。
しかし、スモールウッドが指摘するように健全性が高い状態でも「新興国市場では、投資適格債でも相対的に利回りが高い」状況です。また、先進国の投資家が「新興国市場への投資-特に投資適格債への投資から、少しでも高いリターンを得ようとしている」ことが資金フローに表れているといいます。
新興国社債はクレジットの質を犠牲にすることなく、追加利回り獲得の機会を提供し得るのです。
スモールウッドは、シンガポールの銀行やカタール国立銀行といった健全性の高い発行体を例に挙げ、これらの銀行は米国の大手銀行に比べ規模こそ小さいものの、潤沢な流動性と堅調なマクロ経済環境を背景に「極めて高い信用力」を保ちながら、高い利回りを提供していると述べています。新興国クレジットのリスク・リターンのバランスは、先進国よりも魅力的に見えます。例えば、G20諸国で多角的に事業を展開する国有のブラジル銀行と、米国のモノラインの石油会社は、同じBB格であってもブラジル銀行の方がより高い利回りを提供しています。
同様の傾向はハイイールド債市場にも見られます。新興国ハイイールド債のスプレッド水準が440bps前後であるのに対し、米国ハイイールド債はファンダメンタルズの見通しが相対的に脆弱であるにもかかわらず280〜290bps程度にとどまっています。また、米国ハイイールド債は、関税政策の不透明性からより影響を受けやすい資産クラスであり、不透明感は企業のコスト見通しや消費者マインドに悪影響を及ぼす可能性もあります。このような状況を踏まえると、私たちは新興国市場には良好な投資機会があると考えます。
健全なファンダメンタルズを備えているにもかかわらず、新興国市場は未だ理解が十分に進んでいません。また、幅広いセクターや国に分散していることから、新興国市場のプレミアムは今後も継続する可能性が高いとスモールウッドは指摘します。
「結局のところ、市場の見方がすべて」とスモールウッドは結論付けています。
1 Federal Reserve Bank of St Louis, ‘Central government debt, % of GDP’, (fred.stlouisfed.org), July 2025.
投資元本は変動し、投資から得られる利益は上昇することもあれば、下落することもあり、お客様の投資元本は保証されません。本項に記載されている内容は現時点におけるM&Gの見解であり、投資に関する推奨、助言に該当するものではなく、また将来の状況やパフォーマンスを予測するものではありません。当資料は、一般的な情報提供を目的としており、金融商品取引業登録に基づく業務又はPCP関連会社が組成するファンドの持分等の勧誘を目的としたものではありません。
寄稿者
Ben Lord, Manager of the M&G Global Corporate Bond Strategy
Nick Smallwood, Co-Manager of the Emerging Market Bond Strategy
Richard Ryan, Co-Head of Fundamental Fixed Income