エネルギー転換政策における欧州と米国の違い

5 分間で理解する 23年9月27日

欧州と米国の政策立案者は、試行錯誤しながらエネルギー転換に関する政策を打ち出しています。

米国は、2022年のインフレ抑制法 (IRA) により、再生可能エネルギー、水素、バイオ燃料、二酸化炭素回収、電池材料、ハードウェアの部品、電気自動車、送電網の拡張、極めて重要な鉱物といった産業を対象にした補助金と税額控除を組み合わせた制度を導入しました。

『投資環境は国により大きく異なるようになってきており、すでに数字に表れています。このことは、企業にとっても投資にとっても同じです』
 

一方、欧州は、世界の最先端を行く野心的な政策をトップダウンによって進めてきた長い実績がありますが、現在は超過利潤税や電力市場改革の影響を受けて以前のように進めることが難しくなりました。以前から欧州の政策の中心は、排出量の多い企業に対する炭素価格に連動するキャップ・アンド・トレード方式による排出量取引制度でしたが、この方式では制度の設計次第で炭素価格が大きく上昇します。

欧州は、ロシアによるウクライナ侵攻の影響に対する対策により、ロシアから輸入していた天然ガスの80%を8か月足らずで他地域からの輸入で確保できたこと1、欧州全域で天然ガスの消費量を15%削減するという目標値を上回る削減ができたこと、風力と太陽光による発電容量の増加を過去最大にしたことは評価する必要があるでしょう。また欧州では、水力発電を含めると、発電量の約40%が再生可能エネルギーの発電であり2、これは米国の22%を大きく上回っています。さらに、IRAに呼応してEU加盟国はエネルギー転換を図る企業への補助金適用を取り決める「危機・移行暫定枠組み (TCTF)」を策定しました。しかしながら、IRAに基づくインセンティブの規模には到底及びません。

乖離が拡大する投資環境

投資環境は国により大きく異なるようになってきており、すでに数字に表れています。このことは、企業にとっても投資にとっても同じです。ノルウェーの電池企業であるフレイル・バッテリー (FREYR Battery) はその一例です。同社は、ノルウェーのクリーンな水力発電を活用し、欧州で普及が進んでいる電気自動車のメーカーに供給する立地的な有利性があるという理由から、同国において電気自動車用電池を製造する目的で2018年に設立されました。

同社として初のギガファクトリー (巨大電池工場、通称『ギガ・アークティック』) の建設が2021年にノルウェーのモ・イ・ラナで着工されました。ただ、同社は、米国で2022年に発表されたIRAを受けて、米国ジョージア州に新たなギガファクトリー建設に投資することも最終決定しました。現在、米国工場の建設が優先的に進められており、プロジェクトに必要な資金である80億米ドル (現在価値ベース) のうち25億米ドルがIRAの補助金によるものだとしています。ノルウェーの工場について同社は、「ギガ・アークティックの建設は、当初の投資計画とノルウェー政府が採用すると考えられるIRA呼応政策を念頭に慎重なペースで進められている」とコメントしています。

その他にも、世界最大級の産業用ガス企業であるリンデ (Linde) は、顧客企業の脱炭素化計画に関連した投資計画額が500億米ドルに上るとしていますが、その過半の300億米ドルが米国における投資であることを強調しています。リンデは水素も製造しており、もし欧州が米国のように、再生可能な電力を使用した「グリーン水素」や、二酸化炭素を回収する「ブルー水素」を製造し、最終的にはその水素で代替燃料を製造する事業に補助金が利用できるのであれば、地域的な差が生じることがないのは想像に難くないと考えます。同社は米国における事業拡大の機会が大きいと判断しているようです。3月にはドイツで株式の上場を廃止し、現在はニューヨーク証券取引所のみに上場していることからも同社の考え方が分かります。

将来的にはどうなるのか

より広範に見た場合、今後数年間に主要3地域 (米国、欧州、中国) で新たに開発される再生可能エネルギー発電容量は順調に増加すると予測されています。ただ、より深く掘り下げると、興味深い側面が浮かび上がります。

理解する必要があることのひとつは、時間の経過とともに発電容量がどのように増加するかです。このことを理解することにより、予測モデルで想定する行程に対して、プロジェクトの許認可、サプライチェーン、コストの上昇、企業のリスク許容度がどの程度進捗しているかをチェックすることができます。

ブルームバーグ・ニュー・エナジー・ファイナンスによる、2024年におけるドイツ、フランス、スペイン、英国を合わせた陸上風力発電の新規発電容量の予測がこの1年の間に10%近く下方修正されたことは驚きでした。一方、同予測では、米国の新規発電容量は30%上方修正され、また、中国でも小幅ながら上方修正されました。

実際に事業に携わっている企業はこの問題をどのように捉えているのでしょうか。世界最大級の風力発電用タービンのメーカーであるヴェスタス (Vestas) のCEOは、新規の設置に関して、マーケットデザイン (インセンティブ設計) と許認可のプロセスが障壁になっていることを挙げています。最近のドイツ政府による報告書3においても同じことが指摘されており、現在のところ、同国では2030年の再生可能エネルギー発電の目標を達成するために必要な土地の半分しか確保できていないとしています。最も認可が遅れているヘッセン州では、新規の再生可能エネルギープロジェクトの書類審査の承認に実に平均27か月を要しているとの驚くべき状況になっています。

次の実例はオーステッド (Ørsted) です。同社は、米国と英国では洋上風力発電についての対応が大きく異なっていることを実際に経験しています。同社は、2027年の稼働開始時に世界最大の洋上風力発電所となる予定である英国のホーンシー3に関し、この数年間の部品等の値上がりを吸収するためには、価格条件の見直しや政府による補てんの強化が必要であると訴えました。米国ニュージャージー州の同社プロジェクトでも、IRAに基づく連邦税の税額控除枠の一部を同社が利用することを認めるべきか、それとも電力の購入者に還元すべきかについて議論されました。最近になって米国では同社に有利な裁定が下されたのに対して、英国での議論はまだ決着が付いていません。

M&Gは気候変動ソリューションを提供する重要性の高い企業と考えられる世界の200社以上をモニターしてますが、これら企業の2024年の株価収益率 (中央値) は、米国企業が21倍に対して欧州企業は17倍となっています。広範な銘柄より格差が小さいのは事実ですが (本稿執筆時点で、ストックス欧州600指数 (Stoxx 600) が13倍、S&P500種指数は20.6倍*)、クリーンテクノロジー企業の構造的な成長ドライバーは世界的に同一であるため、理屈のうえでは地域間で格差が生じないはずです。投資家は全般的に、欧州企業よりも米国企業の成長に賭けるリスクを選好していると考えられます。驚きには値しないことですが、この数年間における株価は、米国のクリーンテクノロジー企業が欧州企業をアウトパフォームしています。

欧州は追いつくことができるのか

現在、欧州委員会にて審議中の「ネットゼロ産業法」は欧州が米国に追いつく起爆剤になる可能性はあります。この法案の内容は多岐にわたっており、規制の簡素化、ネットゼロ技術製品の拡大、ネットゼロ関連産業の競争力と耐性力の向上を目指すものです。

目標はすべて称賛に値するものですが、同法の対象範囲と意気込みに関する産業界からの最初の反応は鈍いものでした。米国における成功を例にするのであれば、迅速性、簡素化、そして多くの分野で税額控除が10年間適用されることが、魅力的な投資環境を構築するための鍵だと考えられます。

ただ、結論の本質は、徹底的に簡素化された許認可制度、または強固な補助金制度 (おそらくはこの2つを組み合わせること) を通じて、欧州でも企業利益が確保できる政策環境を整える必要であることだと考えます。

*株価とバリュエーションは2023年7月13日現在

1 ロイター『Insight: Moscow's decades-old gas ties with Europe lie in ruins』、reuters.com、2023年2月
2 エネルギーモニター『Europe: Renewables in 2022 in five charts』、energymonitor.ai、2023年1月
3 Federation-Länder Cooperation Committeeの第2年次報告書
 

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